雨にけむる、湯野上温泉と大内宿
10月22日(日)と23日(月)の2日間、O社のO氏と南会津町舘岩まで紅葉の写真を撮りに行ったことは、少し前の記事「茅葺屋根の曲家集落」に書きましたが、22日の晩に宿泊した湯野上温泉と翌日の23日(月)に訪れた大内宿の記事は“ズル”して書かないでいたところ、かのO氏から「記事はまだなの?」って催促されてしまいました。
なので、今日は「茅葺屋根の曲家集落」の続きを書くことにします。
つい先日のことですが、友人のNさんが、このブログの「茅葺屋根の曲家集落」についての感想をメールで寄せてくれました。
驚いたことに偶然にも、Nさんのお母さんのご実家がこの曲家集落近くの“南郷村”という所にあったそうで、やはりここと同じ茅葺屋根の曲家だったそうです。
30年ぐらい前にNさんがまだ子供の頃、何度か南郷村の曲家での生活を体験されたそうですが、
Nさんからのメールにはこう書かれていました。
『道路に突き出た土間部分には、牛小屋とトイレ、風呂場がありました。そのトイレが穴を掘って板を渡しただけのすごいトイレで、横では牛が鳴いているし、なんとも怖いトイレだったことを思い出しました』と。
“曲家集落”を見たほとんどの人々の口から出る、「懐かしい」「きれい」「すごい」などの形容詞の裏には、集落の住民の方々の厳しい“くらし”があったんだなぁと改めて思いました。
もっとも、現在の曲家は外観は昔のままでも、その中は現代の生活様式に合うようにリフォームされているとのことですが・・・。
さて、舘岩村を後にした我々二人は次の目的地である“塔のへつり”へと車を走らせます。
車を会津方面にUターンさせて国道121号線を走ること約1時間で大川ライン一番の景勝地“塔のへつり”です。
“へつり”とはこの地方の方言で「危険な崖」という意味だそうです。
なんと百万年の歳月をかけて侵食と風化を繰り返すことによって出来たという、色々な形をした岩(崖)が見事な景観を作り出していました。
「もう1週間遅ければ、もっときれいな紅葉が見られたのにねぇ」と、茶店のおばさん。
お茶をご馳走になりながら、話好きのおばさんの相手をしているうちに、日もだいぶ西に傾いてきたので、今朝採ったばかりの栗が丸ごと入っているという“栗まんじゅう”を土産に買って、今晩の宿“湯野上温泉”へ。
東武会津鬼怒川線“湯野上温泉駅”、全国でも珍しい茅葺屋根の駅舎です。
明治23年創業“しみずや旅館”が今日の宿です。
「一歩足を踏み入れるとそこは『ザ、昭和』なものであふれ、お部屋もレトロ感いっぱいです」とホームページにありましたが、その通りの宿でしたよ。
建物は古いけれど、料理も、源泉かけ流しの露天風呂も最高でした。
ただ、部屋のテレビにはビックリ。テレビは日本シリーズの日ハム・中日戦をやっていて、丁度いいところで急に映らなくなってしまったので、「昭和のテレビなら、ドンとたたくと直ったんだけどなぁ」などとブツブツ言いながら“ドン”。
えっ?! 直った! O氏と二人、大笑いでした。
値段も安かったし、いい宿でした。
大正15年3月生まれの会津美人“帳場のほっさん”、いつまでもお元気でね!!
詳しくはこちら。http://www4.ocn.ne.jp/~shimizuy/top.htm
次の日(10月23日)の早朝、激しい雨の音で目を覚ましました。
あ~ぁ、紅葉の大内宿の写真を撮りたかったのになぁ・・・。
それでも、「雨にけむる大内宿の方が、かえって雰囲気のある写真になるかも知れないよ」というO氏の言葉に気を取り直して、いざ“大内宿”へ。
湯野上温泉から大内宿までは、車で15分~20分ぐらいですが、昨日の日曜日は2時間かかっても半分の距離しか進めめなかったほどの大混雑だったそうです。
・・・とコーヒーを飲みに立ち寄ったお店のおばちゃんが言ってました。
それにしても、ここのコーヒーは美味かったなぁ。お店の名前は忘れてしまったけど。
ここ大内宿は、江戸時代の宿場の面影を今もそのまま残っている村です。
この村を会津若松城下から日光今市宿までの総延長32里(132km)の下野(しもつけ)街道が通っていて、豊臣秀吉、伊達政宗、保科正之、吉田松陰など多くの歴史上の人物が往来したそうですよ。
私たちは江戸の昔に思いを馳せながら、“雨にけむる大内宿”を心行くまで堪能して、ふっと気がつくと、もう雨はあがっていました。
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