冬晴れの“福島市民家園”
雪、さっぱり降らないなぁと思っていたら、昨日この冬一番?の積雪でした。
とは言ってもたったの4cmだったそうですが・・・。
仙台の雪は、どちらかと言うとあまり降らないほうなのですが、それにしても今年は少なすぎます。
もちろん、冬はこれからが本番なので、まだまだ油断は出来ませんけどね。
その雪も今日はすっかりとけてしまって、昨日の吹雪がうそのような雲ひとつ無い快晴です。
こんな日は家の中に閉じこもっていては“もったいない”ので、前々から行ってみたいと思っていた“福島民家園”を見学してきました。
この“福島市民家園”には江戸時代中期から明治時代初期にかけての芝居小屋、宿店、料亭、板倉、福島県北地区や会津地方の民家などが移築復原されています。
せっかくなので、園内の主な建物をいくつかご紹介しましょう。(紹介文は民家園パンフレットからの抜粋です。)
この板倉は、福島地方では珍しい大型のもので内部をいくつかに区切って使用していたそうです。
“穀倉”とも呼ばれ、主に籾の貯蔵に使われてきました。
屋根は木羽(こば/細長い木の板)を重ねて葺き上げ、四方が板壁で風通しが良く、籾を湿気からまもる造りとなっていました。
江戸末期~明治初期のものと思われます。
明治6年~7年頃に建てられたもので、伊達郡伊達町から移築されました。
旧小野家は戦前まで養蚕先進地であった福島県北地方の養蚕農家です。
一階各部屋の床には、蚕業時期の保湿を目的とした炉が切られ、東端の下屋(げや)は糸取場として使われました。
足場式中二階と屋根裏も蚕室として利用され、明かりをとり入れる工夫として半切妻(あづま)屋根になっており、屋内空間のほとんどが養蚕のためのつくりとなっています。
【旧筧(かけい)家宿店(宿店)】
江戸末期から明治10年代に建てられたとされています。
“旧筧家”は旧会津街道と旧米沢街道の分岐点(福島市上鳥渡)に建っていました。
明治10年代から大正中ごろまで旅人宿として営業していましたが、奥羽本線や岩越鉄道(のちの磐越西線)の開通により宿泊客が減り宿をやめたといわれます。
【元客自軒(旧紅葉館)】
“客自軒(かくじけん)”は、幕末から明治初期にかけて福島有数の割烹旅館で、福島の歴史上重要な舞台となったことで知られています。
・・・と、今日はここまでにします。まだ、撮った写真の整理が出来ておりませんので。
近日中に「福島民家園/続き」をアップする予定です。
ここまでの写真をマイフォト「福島民家園/その1」にアップしましたのでよろしければご覧下さい。→アルバム「福島民家園/その1」へ
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コメント
写真を見ていて、映画「たそがれ清兵衛」の映像とダブりました。天気のいい日にのんびり散歩するのにちょうどいい場所ですね。写真ブログランキング」拝見しました!すごいですね、11位に入っていましたよ。応援しています!これからも頑張って下さいね。
投稿: shibu | 2007年2月 8日 (木) 23時56分