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2007年5月13日 (日)

西郷頼母邸を訪ねて

今年正月に放映されたTVドラマ「白虎隊」で、

会津藩家老「西郷頼母」に扮する小林念侍は、

まさしく孤影の忠臣を完璧に演じ、

それによってドラマはさらに重厚なものに仕上がっていたような気がします。

戦に破れ、

妻千重子始め一族21人自刃の悲劇を前にしながらも、

本人は死に場所を失い

、一人寂しく藩を去ろうとする頼母の後姿が特に印象的でした。

その「西郷頼母」邸が会津若松に完全復元され公開されています。

【西郷頼母邸表玄関】

T_007_2

この屋敷は、

実に豪華壮大な和様建築で、建坪280坪、38部屋の畳の数は328枚にもなります。

以前このブログで取り上げた「藤沢周平の原風景」の中の、

海坂藩下級藩士「牧文四郎」の屋敷に比較してみると、

なおこの屋敷の凄さが実感出来ます。

【お成りの間】

T_015_1

お成りの間は

藩主をはじめ重役以外は通されることがなかった格式の高い部屋です。

このような「お成り御殿」まで備えていた広大な屋敷の主(あるじ)の

年収はどのくらいだったんだろうか?と見学しながらも

気になって仕方ありませんでした。

【お成り御殿の庭園】

T_017_3

会津藩松平家の譜代の家臣であった西郷家は代々家老職を務め、

1,700石取りの家柄だったと言いますから、

一石を米2俵半として今の米の値段で計算すると、

西郷頼母の年収はざっと6,400万円ということになります。

【利休の子、少庵が造った茶室「嶺南庵」】

T_034

「西郷頼母近悳(ちかのり」は、

明治に入ってからも数奇な運命を辿り、

明治36年、会津若松市内の通称十件長屋で、

この大邸宅の主は波瀾に満ちた74年の生涯を静かに閉じたのでした。

今日の写真はこちらです。桜がまだ蕾のころの撮影ですが。「西郷頼母邸」

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