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2008年3月21日 (金)

桜待つ弘前城公園

弘前での仕事の合間に弘前公園に行ってきました。

堀・石垣・土塁等城郭の全容がほぼ廃城時の原型をとどめている弘前城跡と

その周辺からなる広大な敷地の弘前公園を見学するには、

ただ見て歩くだけでもたっぷり2時間は必要なのですが、

あいにくこの日は、どうしても1時間ほどの見学時間しかとれず、

駆け足での公園散策となってしまいました。

【3層3階の天守/国指定重文】

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東西615m、南北950m、総面積48万平方mの広大な敷地を誇る弘前城跡は、

今漸く冬の眠りから覚めて、

あと1ヶ月後に迫った桜祭りの準備に丁度取り掛かろうとしているところでした。

弘前藩津軽氏居城であったこの弘前城には、

天守が藩政当時のままの姿で今も残されています。

【追手門/国指定重文】

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本丸に建つ3階3層の天守は、

日本に残されている現存天守12箇所の一つで、国の重要文化財に指定されています。

ただしこれは弘前城にあった本来の天守ではなく、

江戸初期に焼失した5重天守の代用として、

本丸辰巳櫓を文化7年(1810)に改修されたものであり、

当時の幕府に対しても三層櫓として届け出されています。

【辰巳櫓/国指定重文】

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弘前城の築城は、津軽藩初代藩主為信によって慶弔8年(1603)に開始されました。

翌年慶弔9年、京都にて為信客死のため工事は一時中断を余儀なくされますが、

慶弔14年(1609)2代信枚(のぶひら)の手によって築城が再開された後、

慶弔16年(1611)に落成しています。

【南内門/国指定重文】

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【杉の大橋】

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築城再開から落成まで僅か1年1ヶ月の突貫工事で完成した

弘前城(築城当初の名称は「鷹岡城」)は、総面積約11万7千坪にも及び、

当時の弘前藩4万7千石には過ぎた威容を誇ったといわれます。

(その後、弘前藩の石高は9代寧親の代に10万石に高直しされていますが・・・。)

そして明治4年(1871)の廃藩置県により、全国のお城がそうであるように、

この弘前城も廃城となり、東北鎮台の分営が置かれることになります。

【未申櫓/国指定重文】

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全国的に有名な弘前城の桜は、

毎年4月下旬から5月ゴールデンウィークにかけて城跡内2,600本が一斉に花を付けます。

シーズンを迎えると、

地元の人々のみならず全国から大勢の観光客が弘前を訪れますが、

この桜が初めて植えられたのは、

弘前公園として市民に一般開放された明治36年にまで遡ります。

【開花を待つ桜の古木】

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今年の開花は例年に比べてかなり早いとの予想です。

少なくてもここ1ヶ月以内には、

今年もまたその見事な桜に人々は目を奪われることでしょう。

今日のアルバムはこちらです。⇒「桜待つ弘前城」

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