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2008年11月14日 (金)

平民宰相/原敬

この頃カメラを手にする機会がめっきり減ってしまいました。

このブログの更新も実に2ヶ月ぶりです。

東北も秋が深まり、朝晩はだいぶ冷え込むようになってきました。

紅葉もすでにピークが過ぎて、山の木々の殆どが葉を落として、

厳しい冬の到来を待つばかりとなりました。

そんななか、今日は小春日和。秋のやわらかな陽射しに誘われ、

久し振りにカメラを持って出かけることにしました。

以前から行ってみたいと思っていた「原敬記念館」へ。

【原敬生家とモミジ】

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原敬記念館は、平民宰相と呼ばれた原敬の業績をしのび、ゆかりの資料を保存・展示するために、昭和33年に開館しました。

【原敬の生家は祖父直紀が嘉永3年(1850)に建てたもので、

現在は5分の1程度が残っています。】

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原敬は安政3年(1856)に盛岡藩士の直治・リツ夫妻の次男として生まれ、

15歳の時、戊辰戦争の敗戦の屈辱を心に秘めて上京しました。

「共慣義塾」やフランス宣教師エブラルのもとで勉学に励み、

新聞記者を経て明治政府の役人となり主として外務省を中心に活躍しました。

【生家とその庭】

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その後、井上馨や陸奥宗光に認められて外務次官まで昇進しています。

【原敬が激務の合間に句作や思索にふけったといわれる別荘の8畳一間の書斎。

昭和63年に鎌倉腰越から敷地内に移築。】

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明治30年(1897)外務省を退官し再び言論界に戻り、

大阪毎日新聞社社長としてその手腕を振るいました。

【別邸・介寿荘の倉;赤レンガ総2階の重厚なこの倉は、

大正3年盛岡大通り3丁目旧古川端に建築された。

以来66年間同地にありましたが、昭和55年記念館敷地内に移築、

「原敬日記」もこの倉に収蔵されていました。】

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明治33年立憲政友会の創設に関わったのを機に政治家の道に入り、

明治憲法のもとで政党政治の確立につとめました。

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明治35年、衆議院議員に立候補。(以後連続8回当選)

大正7年(1918)9月に首相となり、

総理大臣としてわが国初めての本格的な政党内閣を組織、

高等教育機関や鉄道網の整備に尽力しますが、

大正10年(1921)11月4日、東京駅頭で凶刃に倒れ、その生涯を閉じました。

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記念館の敷地内には生家や、

鎌倉から移築された腰越別荘の書斎、別邸・介寿荘の倉が保存されています。

今日のアルバムはこちらです。宜しければご覧下さい。⇒『原敬記念館』

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