2019年1月 3日 (木)

多賀城の板倉

正月も3日

少々運動不足

隣りの駅“陸前山王”まで歩きました

岩切を通って塩釜迄続く旧塩釜街道沿線

この山王地区や 隣接する南宮地区は

農村集落の佇まいを今に残し

江戸時代から大正時代に建てられた“板倉”が多く残っています

その多くが“多賀城市歴史的風致形成建造物”に指定されています

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2018年11月18日 (日)

蔵の行方

本来は“蔵”なんだけど

喫茶店とか お店とかになってる

それも仕方がないことです

使われなくなって ボロボロになるよりは・・・ね

そうして 生き残ることの方が大切だから

もう 蔵が新築されることなんか無いだろうからね

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2018年10月23日 (火)

蔵造り

ずいぶん少なくなったなぁ って思います

“仙南堂薬店”のような蔵造りの店がね

埼玉川越にはとても及びませんが

紙屋・万屋・酒屋・武道具店などの大店が並んでいたのを覚えています

仙台は河原町界隈

そんなに大昔じゃないんですけどね

40年から50年前ぐらいかな

店を入ると すぐ土間があって

靴を脱いで 上にあがると

さすがに時代劇にみるような帳場の造りは 既にありませんでしたが

当時はまだ畳敷きで その上に木製の事務机が並べられていました

店の人が立ったり座ったりと 忙しそうにしていたことを思い出します

こんな店 ずいぶん少なくなりました

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2018年7月 4日 (水)

卸問屋の店先

この建物を見ていると とある紙問屋の店主が語っていた昔の商談風景を思い出します

お店に入ると まずは広い土間があって

履物を脱いで上にあがると 畳敷きの広い商談スペースがあったそうです

お客の大店番頭と紙問屋番頭との取引は 通常ここで行われますが

取引の小さな小売店主や売り子達は土間に足を置いたまま

畳の縁に腰掛けた姿勢で 商談をするのだそうです

取引の大きさによって 畳に上れるかどうかが決まるのですが

一見差別のようにも思えるこの決まりは 売り子に頑張らせるための仕掛けだったそうです

“売り上げを上げさえすれば あそこで商談できるんだ!” という具合に

土間と大広間との間には何本かの太い柱があって みな 擦り減って黒光りしてたそうです

お客が商談の順番を待つ間 寄りかかったり 手で摩ったりするからなんですね

NCR金銭登録機の値段がフォード一台分だった時代の話だそうです

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2017年12月 5日 (火)

遊郭

何を根拠に そう言っているのか私には分かりませんが

友は “ここは遊郭だったのかも知れない” と言います

売春防止法の施行が昭和33年

当時 私は13才

“赤線の灯が消える” と大人たちが騒いでいたことは微かな記憶に残ってはいますが

それが どういうものなのかは 当然のことながら知りません

ましてや 遊郭なんて知る由もありませんでした

内部はどのような造りだったのでしょうか

こうしてみていると だんだん興味が湧いてきます

一度 中を見てみたいものです

だいぶ 老朽化が進んでいるようですが

保存の計画はないのだろうかと 気になります

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2017年10月18日 (水)

東北学院デフォレスト館

学生の頃 建物の一部をクラブ活動の部室として使っていた

東北学院デフォレスト館(旧宣教師館)が 昨年8月 国の重要文化財に登録されました

こんな由緒ある建物を部室として使っていたとは 何と恐れ多い事をと いまさらながらに思っています

若気の至りで いたずら書きの一つや二つしたかもしれません

耐震補強の関係で 今は立ち入り禁止となっていて 建物はフェンスで覆われていますが

この度 特別な計らいで 隣の建物の2階から写真を撮らさせていただきました

将来的には解体修理を施し その保存と活用方法について鋭意検討中と聞きます

一日でも早く 修復なった姿を見たいものです

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2017年7月11日 (火)

旧有備館

仙台藩伊達氏の一門 岩出山1万五千石の領主伊達家の学問所“有備館”です

東日本大震災で倒壊し 復旧工事が進められていました

その工事も昨年3月には終了し いま又 元の姿を見ることが出来ます

岩出山は仙台から車で 約1時間

復旧から1年強 ようやく来ることが出来ました

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2017年5月21日 (日)

政宗の“五常訓”

人が常に守らなければならない五徳 “仁・義・礼・知・信”

武士道の根本ともいえる儒教の教えです

伊達政宗は 人とは違った角度から この五徳を見ています

政宗の“五常訓”がそれ

仁に過ぎれば弱くなる。

義に過ぎれば固くなる。

礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。

知に過ぎれば嘘をつく。

信に過ぎれば損をする

これぞ政宗の政宗たる所以です

平成29年は 伊達政宗生誕450年の節目の年です

写真は仙台城隅櫓

仙台駅からここまで20分程度なのに

もう汗びっしょりです まだ5月だというのに

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2017年3月10日 (金)

旧制二高階段教室

考えてみたら 片平町界隈を歩くのは 震災後初めて

あの 建物はどうなっただろうと ふと気になって

来てみました

東北大学研究棟の中で 最も古い建物

明治23年に建てられた 旧制二高の階段教室(物理学教室)です

無事でした

と言うより 大掛かりな改修が施されたのでしょう

見違えるほどにきれいになっています

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☟2007年2月撮影

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2016年10月 3日 (月)

世界文化遺産 平泉

平泉には 今まで何度も足を運びましたが

平成11年に世界遺産に登録されてからは 今回が初めてです

中尊寺金色堂も毛越寺庭園も 登録以前と何ら変わってはいんませんでした

おっと これは当たり前のことで 変わっていたらそれこそ大変です

しかし 周辺の町並みはガラッと変わりました

派手な看板やカラフルな建物は全て姿を消し 

建物という建物は すべてシックな“つくり”に統一されています

市井では 思わぬ出費をさせられた人たちもいるかもしれませんね

それとも 出費を取り返せるだけの経済効果が見込まれていたのかな?

中尊寺近くのお蕎麦屋さんの

「いっときは人が大勢来たけど 今は前に戻っちゃったよ」 の呟きが 妙に気になりました

☟【中尊寺 金色堂覆堂】

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☟【毛越寺浄土庭園】

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